今回は、店舗の明け渡し時によくあるトラブル、特に「原状回復」と「スケルトン」という二つの言葉に焦点を当てて解説していきます。そして、契約書通りに原状回復をさせることが、本当に貸主様にとって「得」になるのかどうか、深い洞察をお届けします。
「原状回復」と「スケルトン」、その正確な意味とは?
まずは、混同されがちなこの二つの言葉の定義をしっかり理解しましょう。 多くの不動産会社が契約書でこれらの言葉を使っていますが、しばしば誤解されていることがあります。
- 原状回復(げんじょうかいふく): これは、物件の損耗や経年劣化を除いて、借りた状態に戻すことを指します。具体的には、テナントが設置した厨房設備、空調設備、テーブルなどの造作設備は撤去の対象となります。
- スケルトン: これは、店舗の床や壁、天井、内装などが何もない、建物の躯体(くたい)だけの状態を指します。例えば、コンクリートの打ちっ放しや、鉄骨・配筋が見えるような状態のことです。
このように、「原状回復」と「スケルトン」は全く異なる意味を持つ建築用語です。
なぜ明け渡し時にトラブルが頻発するのか?
貸主様とテナントの間で、退去時の明け渡し状態を巡ってトラブルが起こるのには、いくつかの原因があります。
- 用語の混同と誤用: 先ほど述べたように、「原状回復」と「スケルトン」という言葉の意味が全く違うにもかかわらず、これらを適当に使いすぎていることが主な原因の一つです。
- 次期テナントの要望との不一致: 退去時の状態がトラブルになるもう一つの大きな理由は、実は次のテナントが必ずしも原状回復やスケルトンの状態を望んでいるわけではないという点です。例えば、空調設備は次のテナントが最も求める設備であり、業種によってはトイレや厨房設備、照明、テーブルなどが残っていた方が良いというテナントもいます。契約書には原状回復と書かれていても、実際には設備を「残置」してもらうケースも多く、これがトラブルの火種となることもあります。
- ロードサイド店舗特有の問題: 特にロードサイド店舗の新築の場合に多いのが、貸主が発注する建物の躯体工事と、テナントが発注する内装・設備工事を同じ建築会社が同時に行うケースが多いことです。マンションなどのように、貸主が躯体工事を完成させてから引き渡すという明確な状態がないため、どこまで戻したら「原状」なのかが貸主・テナント双方にとって分かりにくく、トラブルの原因となります。
貸主にとって「原状回復」は本当に「得」なのか?
「契約書に原状回復と書いてあるから、当然そうさせるべきだ!」と考えている貸主様は多いかもしれません。しかし、本当にそれが貸主様にとって最適な選択なのでしょうか?
実は、世の中の多くのテナントは、前のテナントが残した設備や内装を再利用し、出店コストを抑えたいと考えています。私自身も多くのテナントに居抜き物件(前のテナントの設備や内装が残っている物件)を紹介してきましたが、半分以上のテナントが、既存の設備や内装が残っていることを望んでいます。
「設備や内装が残っていない」という理由で次のテナントから物件を断られることはありますが、逆に「設備や内装が残っているから」という理由で断られた経験はほとんどありません。これはつまり、設備や内装が残っている方が、貸主様にとっては次のテナントを探す上で選択肢が広がり、有利に働く可能性が高いということです。
貸主様へのアドバイス
「早く次のテナントを決めたい」という貸主様の気持ちはよく分かります。多くの場合、次のテナントが決まっていないからこそ、どうすれば良いか判断に迷うことでしょう。
しかし、契約書に原状回復と書いてあったとしても、一度立ち止まって考えてみることが重要です。次にどんな業種のテナントが入る可能性があるのかを想定し、既存の設備や内装を残置してもらう方が良いのか、それとも原状回復してもらう方が良いのか、ご自身で判断してみることをお勧めします。もし可能であれば、次のテナントの意見を直接聞くのが一番の理想です。
まとめ
店舗の明け渡しは、単なる契約内容の履行にとどまらず、次のテナントをスムーズに誘致するための戦略的な視点が求められます。杓子定規に「原状回復」にこだわりすぎると、かえって次のテナント探しが難しくなり、空室期間が長引く可能性もあります。柔軟な発想で、将来を見据えた選択をすることが、結果的に貸主様にとって最大の「得」となるでしょう。
これはまるで、古い家をリノベーションする際に、全てをゼロから作り直すのではなく、まだ使える柱や基礎を活かすことで、新しい魅力を生み出し、コストも抑えることができるようなものです。既存のものを最大限に活用することで、より良い未来を築けるかもしれませんね。